サッカーの歴史 世界のサッカー

サッカーの歴史 世界のサッカー

これはサッカーの歴史、特に世界のサッカーについて1900年から現在まで、試合やクラブチーム、選手など時代ごとの変遷や出来事を紹介するページです。

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世界のサッカー史

1940年代 1940年といえば、伝説のクラブチーム”グランデ・トリノ(偉大なるトリノ)”。第2次世界大戦をはさんで5回もリーグ優勝を成し遂げた。1945年、第2次世界大戦が終結、翌1946年には 英国4協会がFIFAに復帰する。
1950年代 第4回W杯で、ウルグアイが開催国ブラジルに勝ち優勝、そこからハンガリーの連勝記録が始まる。マジック・マジャールことハンガリーは、1950年から1954年まで4年間、29試合負けなしの驚異的な記録を作ったのだ。1952年のヘルシンキ五輪では、5試合で29得点2失点の圧倒的な強さで金メダルを獲得。その中心選手だったプスカシュを獲得したクラブチーム、レアル・マドリーがその後栄華を極めていく。1954年にはAFC(アジアサッカー連盟)とUEFA(欧州サッカー連盟)が相次いで設立される。この年、日本がオリンピック初出場。1955年にはチャンピオンカップがはじまり、翌年にはCAF(アフリカサッカー連盟)設立。欧州選手権も始まる。1958年のW杯スェーデン大会ではブラジルが初優勝。またこの年、ミュンヘンの悲劇が起こる。
1960年代 1960年には欧州カップウィナーズ・カップ、南米クラブ選手権(リベールタドーレスカップ)、インターコンチネンタル杯(後のトヨタカップ)など相次いで大会が始まる。そして、レアル・マドリーの黄金時代に終止符を打つチームが現れた。「ポルトガルの巨人」ことベンフィカである。1964年には東京五輪が開かれ、日本は強豪アルゼンチンを破り、ベスト8まで進む。翌年には日本サッカーリーグも発足。66年にはCFC(オセアニアサッカー連盟)が設立される。68年にはNASL(北米サッカーリーグ)発足。1969年には、W杯予選の結果をめぐり、ホンジュラスとエル・サルバドルが戦争に突入するという悲しい出来事も。
1970年代 1970年代はアメリカにサッカー黄金時代が訪れる。NASL(北米サッカーリーグ)は、ペレ、クライフ、ベッケンパウアーをはじめとする世界的なスーパースターを高額な年俸で集め、人気を博していったのだ。1977年には第1回ワールドユース選手権(U-20)がチュニジアで開催され78年にはキリンカップがはじまる。
1980年代 80年、16年間の空白を経て外国人選手輸入禁止措置が解かれると、それまでドイツ、スペイン、イングランドなどに拡散していた選手たちはイタリアへと向かった。各チームは移籍市場に巨額な資金をつぎ込むようになり、ジーコ、マラドーナといった豪華な顔ぶれがピッチを飾ることになった。こうした才能の独占は、イタリア勢の3大カップ席巻を強烈に後押ししていく。85年にはヘイゼルの悲劇と呼ばれるフーリガン事件も問題に。
1990年代 1990年代のヨーロッパのキーワードは「ビッグマネー」。巨額なテレビマネーがサッカー界に大きな影響を与える時代に。チャンピオンズカップがリーグ戦へ移行していき、試合数も増加。また、ボスマン判決によりEU圏内の移籍の自由が認められ、選手の移籍は活発化、ビッククラブは大量の外国人を抱え込むことに。時代はビッククラブの時代に入り、そのあおりを受けて、90年代の3つのワールドカップには新しさが欠けた低調な大会になった。
91年、FIFA年間最優秀選手賞創設(第一回はマテウスが受賞)、92年にはアパルトヘイト撤退により南アフリカがFIFA復帰。しかし一方では、ユーゴスラビアがボスニア内戦に対する制裁でFIFAとUEFAにより国際試合禁止処分を受ける。
しかしなんといっても、90年代といえば日本が1954年のスイスから通算12度目の挑戦で初めてワールドカップに出場した歴史的な時代といえるだろう。
2000年代 2000年に入り、サッカー戦術が浸透し「グローバル化」が一層進展した。サッカースタイルは、南米とヨーロッパ、アジアの境界がなくなり、各国の実力差が拮抗する時代になった。2004年のチャンピオンズリーグでのポルトガルのチーム、ポルトの優勝、EURO2004のギリシャの優勝がそれを象徴している。
2002年、アジアではじめてのワールドカップが日韓共催で開催され、日本、韓国ともに決勝トーナメントに進出する快挙を成し遂げた。巨額なテレビマネーとヨーロッパ・チャンピオンズリーグの影響で、巨額投資が災いして破産するクラブや、汚職事件が頻発した。2006年のドイツワールドカップでは、イタリアが優勝したが、同時にセリエAのユベントスを中心とする汚職事件で大きな混乱が発生した。
日本代表も2006年ドイツワールドカップで、2敗1分という期待はずれの結果に、大きな転機を迎えている。
 
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